0844東観音寺多宝塔(重文) [和塔]
豊橋市小松原町の東観音寺。奈良時代の行基創建という古刹である。江戸時代に津波にあい現在地に移ったという。
豊橋の町の外れで静かな場所だ。セミが鳴くばかりで誰もいない。
本堂の手前、向かって右手に多宝塔はある。
国指定重要文化財 明治40年5月27日指定
高さ12.15mの総素木造りで、大永2(1522)年に戸田氏の重臣藤田左京亮により寄進されたと伝えられています。建築は唐様と和様の折衷様式で、初層には多宝如来像が安置されています。
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端正な和塔だ。総素木造りというのが味わいがあっていい。
よく見ると1階の部分の彫り物による装飾が少しづつ違う。
まずこちらが正面。
そして左の側面。
背面の部分。
右の側面。
素朴な造りではあるがアクセントになっている。絵に意味があるように思うが、ただそれがよくわからないのが残念である。
雲の多い日だった。和塔を収めるには、そういう日の方がありがたいな。
豊橋の町の外れで静かな場所だ。セミが鳴くばかりで誰もいない。
本堂の手前、向かって右手に多宝塔はある。
国指定重要文化財 明治40年5月27日指定
高さ12.15mの総素木造りで、大永2(1522)年に戸田氏の重臣藤田左京亮により寄進されたと伝えられています。建築は唐様と和様の折衷様式で、初層には多宝如来像が安置されています。
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端正な和塔だ。総素木造りというのが味わいがあっていい。
よく見ると1階の部分の彫り物による装飾が少しづつ違う。
まずこちらが正面。
そして左の側面。
背面の部分。
右の側面。
素朴な造りではあるがアクセントになっている。絵に意味があるように思うが、ただそれがよくわからないのが残念である。
雲の多い日だった。和塔を収めるには、そういう日の方がありがたいな。
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