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1407井伊谷城(静岡県) [城印象記]

静岡県浜松市北区引佐町の井伊谷(いいのや)城を紹介します。

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NHK大河「おんな城主直虎」で、きれいになった井伊谷城を再訪しました。

浜松市立引佐多目的研修センター前の駐車場に停めて、さあ出発。

登城口が見えてきます。

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頂上が井伊谷城です。徒歩15分・距離約300mと案内があります。

整備されて歩きやすいですが、急坂です。

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息があがります。途中、休憩所なども設けられています。

腰曲輪の名残か、とも思いましたが、縄張図などによると、そうではないようです。

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着きました。

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さすが、大河効果、案内板なども整備されています。

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 井伊谷城はこの地の領主である井伊氏が築いた山城です。標高約115mの山頂に、単郭式の曲輪が築かれています。山頂の北半分は自然の地形を残し、南半分は平らに均されています。曲輪の周りには土塁がめぐり、南側と西側に出入口をもちます。南側の出入口は大手に、西側の出入口は搦め手に相当します。大手口の両側には土塁が高く築かれており、防御を固めています。井伊氏の本拠地は、井伊谷城とその麓にあった城館に加え、最終的な詰め城である三岳城(井伊谷城の北東2kmに所在)で構成されていました。
 江戸時代の記録によると、井伊谷城は「御所の丸」と呼ばれていました。南北朝の動乱期(1336-1392)に、南朝方の拠点として宗良親王(後醍醐天皇の皇子)を擁した場所と関連づけられていたことがうかがえます。

  平成28年3月北区まちづくり推進課

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 実は登城口にあった説明とは違う内容なので、どちらもチェックを忘れないようにしてくださいね。(登城口の説明は、井伊氏についてより言及した内容になっています。)

 井伊谷城は単郭の城とあり、また違う説明板には縄張図もありましたが、古い単純な構造の城なのです。

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今登ってきた南の出入口、大手です。土塁が判ります。

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曲輪の北側は岩場になっています。削平されていません。

奥に「御所の丸」の案内がありました。

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木々のすきまから三岳城が見えます。

三つある真ん中の頂が三岳城です。

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南側はきれいに削平されており、先端には展望所が設けてありました。

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ふもとがよく見えます。

素朴な縄張りの城だけに、この眺望の良さがこの城の要なんだなと思われました。

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コメント 4

ハマコウ

夏に妻と登りました。
やはり結構へばりました。
長めの良さが印象に残っています。
by ハマコウ (2018-02-16 19:58) 

くうくう

眺望がいいですよね。(^^)
by くうくう (2018-02-16 21:26) 

ねじまき鳥

今は静かになったでしょうね。
by ねじまき鳥 (2018-02-17 00:08) 

くうくう

ピークの頃はにぎやかだったでしょうね。以前訪れた時は人は誰もいませんでしたが、この時は、数人の方がおられましたよ。
by くうくう (2018-02-19 22:17) 

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