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0918元興寺東塔跡 [和塔]

お城めぐりでは建物のないところにも行く。というか建物が残ってない方がメインになっているが、和塔めぐりもついにそうなってしまったのか、と思ったら笑えてしまった。

隣の区画に塔跡がある。元興寺五重小塔を訪ねた後、それが気になって足をのばしてみた。

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もとは一帯が全て元興寺だった。今はこうした部分部分が残っているのだろう。

回り込むようにして、南向きの入口から進む。門をくぐった先には、土壇と石碑が残っていた。

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元興寺塔跡 史跡
   昭和7年4月25日指定
元興寺塔址土壇出土品 玉類銅銭其他一切 重要文化財 奈良時代
   昭和8年1月23日指定

 奈良時代(八世紀)の元興寺の東塔跡です。高さ推定約50m(古記では24丈)の五重塔でしたが、1859(安政6)年に焼失しました。
 1927(昭和2)年の発掘調査で、金延板・金塊・勾玉・瑠璃玉・捻玉・水晶玉・和同開珎・万年通宝・神功開宝などが出土しており、建立時に納められた鎮壇具と考えられています。

   奈良市教育委員会

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興福寺五重塔と同じくらいの和塔が建っていた場所にしては狭いような気がした。これだけで50mの和塔を妄想するのは苦しそうだ。けど、江戸末期まであった歴史が判っている訳で、とにもかくにも、在ったことには違いない。

縄張りを解くような面白さがないから、和塔は建造物がなくては楽しめない。

そう言いながらも、元興寺の伽藍配置など想像したりするのだった。

碑があった。こういうものだけでも、実はけっこう楽しい。

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0917元興寺五重小塔(国宝) [和塔]

五重小塔なるものをはじめて知った。小さな五重塔というよりもっと小さく、五重塔の模型というにはかなり大きいものだ。

元興寺五重小塔は大塔の10分の1の模型とも言われ、高さは5.5mある。

なんとも中途半端な気がして、実物を見るまではピンとこなかった。

その五重小塔は元興寺法輪館の内にある。

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この内も撮影禁止だった。

5.5mの五重塔と対面した時、なるほどと思った。仏像の大きさが大仏様から等身大のもの、もっと小さなものまで様々な大きさがあるように、仏塔もそれぞれの大きさがあるのだ。もともと、高層建築として暮らしの中で役立てるものではなく、仏塔として、仏舎利を治め信仰の対象としての飾りなのだから、これもありかと実物を見て納得した。

模型ともいわれるが、模型ではなくてこれ自体に意味があるという方が理解しやすいように感じられる。

その五重小塔が、小塔院に安置され守られてきた。

これは見応えあった。工芸品といっていい完成度であり、そのまま利用できそうな建造物でもあった。奈良時代に作られたもので、国宝、途中で修理が入っているものの、驚くほどきれいに残されていた。

中2階のような上からも眺められ、この大きさならではの観賞も楽しめた。

画像を載せれないのが残念だ。


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0916興福寺三重塔(国宝) [和塔]

次に三重塔の拝観にうかがいます。位置はこちらになります。

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よく三重塔は見落とした、知らなかったという話を聞きますが、東大寺奈良公園方面から来る人にとっては端になるからなのでしょう。奈良駅猿沢の池からだと、まず最初に目にします。

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三重塔(国宝) 高さ19m

崇徳天皇の中宮皇嘉門院聖子が発願し、1143年に創建されましたが、1180年に焼失しました。その後、鎌倉時代に再建され現在に至っています。興福寺伽藍の中では、北円堂と並んで最も古い建物です。

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五重塔を見たあとだからでしょうか、規模以上に小さく見えました。

また最も古いと言いますが、柱や飾りが繊細な感じがして、比較するとこちらの方が新しい時代の再建なのでは、と思ったりしました。

こちらも三手先組物です。見上げた姿に圧倒されます。

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内部はやはりこちらも撮影禁止です。外に案内の写真が出ていました。替りにこちらを掲載します。

弁才天坐像と十五童子像が印象的です。板に書かれた仏画は、クリアにはわからないので、何だかすごいんだけど、もう忘れかけています。

それにしても、天井の格子が建物の格調高さを物語るようでした。

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初層内部

初層内部の四天柱をX状に結ぶ板の東方に薬師如来、南方に釈迦如来、西方に阿弥陀如来、北方に弥勒如来を各千躰描き、柱や天井には極彩色の文様が描かれています。

弁才天坐像 座高38.5cm 檜材/寄木造/江戸時代初期

興福寺の弁才天は、弘法大師が天川から興福寺に勧請したといわれています。現在の弁才天は旧世尊院伝来で、頭上には鳥居、白蛇の宇賀神をのせます。なお眷属に十五童子を従えています。

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今回は内部特別公開ということで行きましたが、建物をじっくり見たい向きには普通の状態の方がよかったのかな、とも思いました。仕方ないことですが、手前のテントが邪魔です。

また機会を見つけて訪れたいですね。

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0915興福寺五重塔(国宝) [和塔]

奈良興福寺に行ってきました。こちらを是非と思ったためです。

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小学校の修学旅行以来、何度目かになるのですが、和塔に関心を持ち始めて初めてになります。もちろん内部公開も初めて。楽しみでした。

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国宝 興福寺五重塔

室町時代 高さ50.1m

天平2年(730)に光明皇后が創建。現在の塔は応仁33年(1426)に再建。
初層の須弥壇に
薬師三尊像(東)
釈迦三尊像(南)
阿弥陀三尊像(西)
弥勒三尊像(北)
を安置(いずれも室町時代作)。

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改めて見る、間近で見る五重塔は大きく感じました。日本では東寺五重塔に次ぎ2番目に高いものになります。

拝観券を購入して列につきます。私は平日に訪れたので、さほど混んではいませんでした。

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拝観料を払って、特別公開で中に入るのだから、しっかり写真撮るぞと意気込んでいましたけど、残念ながら中は撮影禁止でした。言われてみれば当然のことかもしれませんが、がっかりです。

たまたま報道関係の方がおられ、取材で写真を撮られていました。腕章を付けられていましたが、けっこう普通な感じです。それを見られて勘違いしたのか、その隣で写真を撮っている年配の方もおられました。

撮りたい、けどそれは規則違反だろ、しかし、なぜ撮ってはいけないのだろ、あの記者と自分はどれだけ違うというのか、そんな不合理を感じて、気分が悪かったです。

雰囲気を撮りたいのか、仏像を撮りたいのか。仏像ならば、皆の拝観前に済ませて欲しいと思います。

まあ、気にしても仕方ありません。気を取り直して、じっくり4面それぞれの仏像を見てきました。その価値までは正直言って余りよくわかりませんが、味わいのある優しいお顔だなと思いました。いい観賞ができたと思ってます。

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初層です。

柱は丸木なんですね。その円柱を挟むように横材が入っています。長押というのだそうです。

連子窓も味があります。

私がこの頃はまっているのは、軒下のこの部分です。

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尾垂木が大きく外に出て、木鼻が太く反っています。

柱の上にあるのは大斗で、その上の横木は肘木といいます。このセットが手先で、二段三段を二手先三手先と称し、格調の高さを表しています。さすが興福寺五重塔で三手先組物となっています。

塔の高さ大きさも、こんなところから始まるのかもしれません。

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端正な佇まいがいいですね。去り難く、再び戻ってきたら青空で、いい感じでした。

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またこの後、奈良町への散策へと出たのですが、街から見える五重塔は古都奈良らしくで、いい雰囲気に思えました。

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0888大樹寺多宝塔(重文) [和塔]

愛知県岡崎市にも重文の仏塔はある。こちら、大樹寺の多宝塔だ。

大樹寺は岡崎城の北3kmの地点にある。



松平、後の徳川氏の菩提寺である大樹寺は三門や歴代当主のお墓など見所が多いが、今回は多宝塔に絞って紹介しよう。

三門をくぐって左手に行く。

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西に向かう形になる。昼下がりであったが、光線の加減を考えると午前中がお勧めだろう。でも、そんなに逆光にならずにすんでよかった。

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この大樹寺で中世建築物で残るものはこの多宝塔だけだという。少し意外な気がする。

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   国指定重要文化財 大樹寺

 建造物 大樹寺多宝塔(付棟札)1棟

 多宝塔とは仏塔の一形式で、平面が下重方形、上重円筒形、上下の連続部が饅頭形の二重塔のことである。
 大樹寺の多宝塔は室町時代のもので、この寺に残る中世建築の唯一のものである。松平七代清康により天文4年(1535)に建立された。
 下層は方三間、総円柱、斗組二手先尾垂木付として、また上層は白漆喰塗りの亀腹上に円形の塔身を立て、四手先で軒をささえる。屋根は檜皮葺、鉄製相輪を上げ、軒隅には風鐸がつるされている。塔内部には禅宗様の須弥壇を置き、その上には春日厨子を据え、本尊の多宝如来像を安置する。
 この多宝塔は上下層の釣り合いもよく、蟇股や木鼻の絵様および彫刻、その他の細部様式も古風でていねいに作られ、この時期としては和様色の強い建築物である。

 明治37年2月18日指定

 岡崎市教育委員会

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見ると亀腹上の円塔部分が細い。二手先の尾垂木が飛び出しているようだ。このあたりの組み方にはゾクゾクする。

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それを支える初層は、簡素に力強くまとまっている。

質実さを感じる。

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いろいろな角度で楽しむが、見上げる形の仏塔はやはり絵になる。さほどの大きさがない多宝塔にしても、美しい。

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寺の外に出て、西側から見上げてみた。この角度も悪くないのだが、少し余分に塀などの障害物が目に入ってスッキリしないのは残念だ。

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0854日竜峯寺多宝塔(重文) [和塔]

岐阜県関市にある高野山真言宗の寺院である。別名高澤観音。



市街より県道58号線で近づく。案内に従って左折、山へ入る。3kmほど道のりだが、すれ違いもできないほどの山道。幸い舗装はされているので心配するほどのことはないが、運転には気を付けてほしい。

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山門前を通り過ぎるようにして、峠の駐車場へと車を停める。

ここからはさほど登らず多宝塔・本堂へと回れる。でも下って山門である仁王門まで歩いてしまうので、結局は同じようなものなのだが。

静かで、とても落ち着いた寺院なので、ゆっくりされることをお勧めする。懸け造りの本堂や、その裏にはみたらしの霊水や源頼朝の分骨をしたという宝篋印塔がある。

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が私のお目当ては多宝塔なので、多宝塔に焦点をあてて紹介しよう。

北条政子によって建立されたと伝わる鎌倉時代の多宝塔。

北条政子と日竜峯寺のつながりが詳しくわからない。そんな解説が欲しいところであるが、特にない。残念。

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こうしてじっくり見ても古さを感じさせない。木こそ古くはあるがよく手入れが行き届いているようだ。

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桧皮葺のの屋根、素朴な木肌を見せながら、緻密な均整な木組みがいい。

やはり見上げた感じがいい。

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足元も捉えてみた。平らにならした地面でなく、ゆるやかな丘の様なところに礎石を並べて建てている。

平らにする技術でなく、一様でない地面に対応する技術に基づいて建築されていることに、はっとした思いだった。言ってみれば、本堂の懸け造りも、そういう技術である。そこに日本人の心の在り方などを考えたりした。

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0848新長谷寺三重塔(重文) [和塔]

岐阜県関市長谷町に新長谷寺はある。吉田山新長谷寺(きったさんしんちょうこくじ)。



関市の市街地に近い。敷地はさほど広くない。

ここには国指定重要文化財の三重塔があるということで楽しみに訪れた。

参拝用の駐車場もあって数台停められる。が、ちょっと異様な雰囲気。こんな案内も出ている。

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写真撮影不可、というが主旨がよくわからない。タバコや自転車乗り入れや犬の散歩や通り抜けを禁じるのはわかる。けど、カメラはダメなの?

三脚や一脚を立てたり、フラッシュがダメだったり、ということなのかな。

と、戸惑ていたが、こんな案内もあって、写真撮影は全面的にダメ。

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境内には、左に釈迦堂、阿弥陀堂、大師堂と建ち、右手に三重塔、正面に本堂。

三重塔の左に薬師堂。本堂の右手後方に鎮守堂。

これらがすべて国指定重要文化財という。これはうかつだった。こんなにも重文の建造物があるなんて知らなかった。

室町時代のもので、いずれも桧皮葺。これだけ揃うと壮観である。

お目当ての三重塔も素木で均整ないでたち。

夏の昼下がり。誰もいない。余分なものが何もない境内は絶好撮影場所に思えた。その時、いきなり本堂の方から「カメラは禁止です」と怒鳴り声があがった。

誰もいないと思ったが、私は見張られていたようだ。気分が悪かった。どこかで許可を申し出ればいいのかな、と甘い気持ちでいたけど、一気に消しとんでしまった。

ああ、残念だなと未練もあって、けっこう長居をした。暑いから、日影に隠れるように眺めていると、自分が移動するたびに監視の人も移動して見張っているらしい。仕舞にはバカらしくなってしまった。

新長谷寺を後にした。

それにしても不愉快だった。お寺で観光客お断りだったり、拝観料をとったりするところもある。しかし、こんなに開放しておいて、カメラを撮らせないなんて何故なんだろう。自由に見学させるようで、させないような、不審な人を迎えるような感じ。あのやたら警告文の多い門前。・・・

訪れる人にフレンドリーさがまるで感じられない。

ようおいで下さった、お参りくだされ、寺院とはそういう場所かと思っていたが、ここではそうではないらしい。

こんなに素晴らしい文化遺産がいっぱいあるのに、残念だ。

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0845三溪園旧燈明寺三重塔(重文) [和塔]

三溪園は横浜市中区本牧にある庭園である。広大な敷地を利用して、各地の有名な建物が移築されている。重文に指定されるものだけでも12棟あるらしい。そんなところがあるなんて、この機会に初めて知った。



広い駐車場があって訪れるのには便利である。

しかし、ふらっと気楽に和塔だけ楽しみたい私にとって、入園料は高いし、余分に時間を取られてしまうとボヤきたくもなる施設だ。

しかし、和塔を和塔として、美術品的に見るならこういう庭園もありかな。いいもんだなと思ったりした。

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丘の上に建つ三重塔は端正だった。きれいに整備されているので、古さは感じない。

移築された時にかなり手がはいったのかもしれない。

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  旧燈明寺三重塔(重要文化財)

 この建物は、もと京都府相楽郡加茂町の燈明寺にあったものを大正3年(1914)三溪園に移築したものです。寺伝によりますと燈明寺は天平7年(735)聖武天皇の勅願によって建てられた寺院とされています。建物の様式などから、室町時代に建てられたものと推定されます。関東では最古の塔です。

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しかし改変ではないので、価値に変わりはないのだろう。

室町時代の香りを今に伝えているのかな。

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ここの三重塔も木組みが美しい。こんなアングルにもえてしまう。

角には鬼瓦が見られる。

アップで見るとひとつひとつに「東明寺」と書かれている。必ずしも燈明寺というわけでもないらしい。

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丘を降りかけた時に、仰ぎ見た。高層建築ということを再認識させてくれるワンシーンだ。

塔が高い、というだけで美しく感じる。

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0844東観音寺多宝塔(重文) [和塔]

豊橋市小松原町の東観音寺。奈良時代の行基創建という古刹である。江戸時代に津波にあい現在地に移ったという。



豊橋の町の外れで静かな場所だ。セミが鳴くばかりで誰もいない。

本堂の手前、向かって右手に多宝塔はある。

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国指定重要文化財 明治40年5月27日指定

高さ12.15mの総素木造りで、大永2(1522)年に戸田氏の重臣藤田左京亮により寄進されたと伝えられています。建築は唐様と和様の折衷様式で、初層には多宝如来像が安置されています。

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端正な和塔だ。総素木造りというのが味わいがあっていい。

よく見ると1階の部分の彫り物による装飾が少しづつ違う。

まずこちらが正面。

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そして左の側面。

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背面の部分。

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右の側面。

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素朴な造りではあるがアクセントになっている。絵に意味があるように思うが、ただそれがよくわからないのが残念である。

雲の多い日だった。和塔を収めるには、そういう日の方がありがたいな。

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0843横蔵寺三重塔(県指定) [和塔]

岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原にある横蔵(よこくら)寺。



けっこう山に入ったが、走りやすい道がついていたので、楽に来られた。山の入口の様な場所に広い駐車場があった。紅葉の名所らしいが、夏の夕暮れに訪れたのは私ひとりであった。

緑が生している。夏の避暑でもいい。

しっとりと、冷んやりした石段を登ると、仁王門の向こうに見えてきた。

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「岐阜県重要文化財横蔵寺三重塔」の案内があったが、説明板はなかった。この三重塔がお目当ての私にとっては、拍子抜けする。

横蔵寺には本尊の薬師如来をはじめ22体の国の重要文化財指定の像があるらしい。それはそれで素晴らしいことではあるが、残念ながら宝物殿は16時閉館で見ることはできなかった。

重文と県指定の評価の差がどこにあるのか、よくわからない。1663(寛文3)年復興されたものであるから、やや時代が新しいのか。桧皮葺の屋根に素朴な木肌を見せている。彫刻などの装飾も少ない。

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それでも、緑の中の三重塔は美しくて、しっかり満足できた。訪ねてよかった。ただ境内は狭く、木の枝が被って三重塔だけをしっかりとらえられないのは少し残念だった。

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